先日、外来の患者さんが新しく発売された精神科薬の新聞記事を持ってきました。それは「SSRI」と呼ばれる抗うつ剤です。何やら暗号のように響きますが、日本語の分類名「選択的セロトニン再取り込み阻害剤」の長い英語(Serotonin Serective Reupatake Inhibitor)から頭文字だけをとった呼び名です。さる5月25日、ようやく日本でも保険が通ることになりました。 人間の脳の中では、数多くの神経細胞が網の目を作り、さまざまな情報の交換を行っています。この情報交換の重要な役割を担うのが、それぞれの神経細胞の隙間を行き来する種々の神経伝達物質です。うつ病ではこれらの物質の働きが深く関係しているといわれており、SSRIはなかでもセロトニンという物質の働きに作用するように作られました。しかも「選択的」という表現のとおり、余計な部分に作用せず必要最小限に働くため、結果的に副作用を少なくすることに成功しています。従来の抗うつ剤の場合、口の渇きや尿が出にくいなどの副作用が見られたのですが、SSRIではそれらがかなり軽くなったわけです。オランダで開発され、欧米では既に1983年以来一般の治療に使われており、現在まで5種類のSSRIが世界の市場に出てきました。今回日本で認可されたのはそのうちの一つ、「フルボキサミン」という種類です。 さてこの新世代の抗うつ病としてのSSRI、その名のとおり適正は主として「うつ病」で、とりわけ目が引かれるのは軽症から重症まで、また不安やイライラの強い例などにも有効なことから、守備範囲がより広くなった点が挙げられます。これらの効果がアメリカで注目を集めた時、人々の期待は大きく膨らみ、ついには「誰でも元気が出る魔法のクスリ」と報道されたことがありました。 確かに一粒の小さなかたまりで、何の苦もなく気分を明るくできることは、見方によっては魔法のクスリかもしれません。 ただし、これはあくまで治療を要する患者さんに使われる薬剤であり、健康な人が服用しても必要以上の元気は得られないでしょう。SSRIは脳内神経伝達物質の不均衡な状態を正常化するように働き、健康な人が服用するとかえって思いがけない副作用だけが出てしまう危険性がある。 それはともかくとして、現段階ではうつ病を脳内物質の異常だけで説明しきれないものの、薬物療法はその最も確実で有効な治療といえます。今回のニュースが、うつ病で悩む患者さん達にとって朗報となることを願ってやみません。
「仙台経済界」1999年 7-8月号掲載