精神安定剤 (「仙台経済界」2001年 9-10月号掲載)
- 斎藤 徹
- 2020年8月15日
- 読了時間: 2分
大阪府池田小学校の不幸な事件の後、薬の問い合わせが何度かありました。当初、精神安定剤の大量服薬が思わぬ行動を引き起こしたかのように伝えられたためです。間もなくこの服薬は事実でなかったことが判明し、それきり事件と薬の影響についての報道は聞かれません。そこで今回は問題となった「精神安定剤」に焦点を当て、簡単に説明したいと思います。 精神科にとって薬の登場は歴史上意味深いものでした。1950年代に抗精神病薬が発見され、以後、抗うつ薬や抗不安薬などがこの分野の治療に加わることになります。 「抗精神病薬」の原型は麻酔薬でした。当時、麻酔薬のひとつを精神科の患者さんに試したところ、それまでになかった治療効果が見出されたのです。抗精神病薬は主に幻覚や妄想を和らげたり、興奮を鎮めたりする作用があります。この薬の発見以来、保護観察が中心の入院治療から、通常の社会生活をしながらの外来治療へ移行が可能になったわけです。 「抗不安薬」は不安や緊張、恐怖などを軽減する、用途の広い薬です。なかでも即効性で催眠作用の強いものは「睡眠薬」として使われます。現在出ている睡眠薬のほとんどは抗不安薬から開発されてきました。 精神安定剤といえば、これらの抗精神病薬、抗不安薬、睡眠薬を指すのが一般的です。 まれに、うつ状態に対する「抗うつ剤」や痴呆の進行をくいとめる「脳代謝改善剤」などを入れることもありますが、この言葉は便宜上の表現であるため、多少のあいまいさは避けられません。専門的には、精神に向って作用する薬全体をまず「向精神薬」と呼び、その中で抗精神病薬から脳代謝改善剤まで細かく分類されているのが現状です。 こうした薬は同じ仲間でも作用が変化に富み、実際には使い方に幅が出てきます。対人恐怖に抗精神病薬を使うこともあれば、過食や拒食の摂食障害に抗うつ薬を処方することもあるのです。抗不安薬は神経症だけでなく、ストレスが引きがねとなって生じる胃炎や高血圧など、心身症の治療にも欠かせません。 最近は、インターネットや雑誌でさまざまな情報が入手できるようになりました。また、冒頭で述べたように、マスデイアはとかく性急な報道をしがちです。この点でいわゆる精神安定剤はとりわけ誤解や偏見を被りやすいといえましょう。内科でもほぼ3分の1の患者さんに使われていると聞くこの種の薬に関しては、いたずらな情報にできるだけ流されないようにしたいものです。
「仙台経済界」2001年 9-10月号掲載
Comentarios