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  • 執筆者の写真斎藤 徹

盲導犬(アイメイト) (「仙台経済界」2004年 7-8月号掲載)

 地下鉄駅のホームで電車を待っているとリズミカルな鈴の音が聞こえました。そちらの方に目をやるとクリーム色の犬が歩いています。ラブラドール犬が黄色い線に沿って、サングラスの女性を誘導しながらやって来ます。主人から合図があったのか、ちょうど床の足型マークあたりで止まりました。

 本やテレビで知っていたものの、実際の盲導犬を目にしたのは初めてで、私は思わず見入ってしまいました。小犬が点々とプリントされた布地のマントを着せられ、皮の首輪には胡桃大の鈴が下がっています。

 電車が到着しました。扉が開くと、人々の足に見え隠れしながら犬は入ります。鼻を突き出して中の空気を感じ取って主人を誘導しました。ハーネス(胴輪)を通して双方、一心同体の動きです。混雑のピークが過ぎており、車内には余裕はありました。空いている席に進み、犬はその場を確かめるように嗅いで座席に擦り寄ります。片手でポールに捉まっていた飼い主は向きを変え、両膝の裏側で犬の横腹を2~3度さすって腰を下ろしました。犬が体で座席の位置を教えたようです。それからゆっくりと主人の足元を囲んで伏せました。

 私の席からは、犬の表情がよく見えました。顎を前足の片方に乗せ、目だけどこを見るでもなく動かします。周囲の視線が時々犬に集まっては散ります。何気なく眺めている人、ちらりちらりと観察する人、微笑みながら顔を上げた子供連れの母親と視線が合ったのでこちらも同じように返しました。

 いつの間に紛れ込んでいたのか、突然一匹の昆虫が羽音をたてて犬の前を横切りました。犬は何事もなかったようにそのままです。一瞬見せた上目遣いが悲しげにさえ映ります。彼らは役割を果たせなくなると、専用の施設で天寿を全うすると聞いたことがあります。

 盲導犬は半世紀近い歴史を持ちますが、日本では昨年10月施行された「補助犬法」により、その活動はようやく社会に広がりました。乗り物、店舗、宿泊施設などが受け入れ始め、一般客に理解を促しています。盲導犬に対するエチケットは声をかけたり触れたりしないこと。気を散らせて、思わぬ事故を飼い主に及ぼさないためです。

 ひたすら人間の「目」となって生きる姿が、いつまでも心に残りました。


「仙台経済界」2004年 7-8月号掲載


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