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動かなくなること (「仙台経済界」2004年 11-12月号掲載)

  • 執筆者の写真: 斎藤 徹
    斎藤 徹
  • 2020年9月5日
  • 読了時間: 2分

 面白い写真がありました。シャクトリムシにカマキリが登っている場面です。カマキリは動くものを見ると餌と思い反射的に襲いかかる習性があり、シャクトリムシにとっては天敵の一種です。危機を感じたシャクトリムシは体を伸ばして木の枝に姿を似せ、ひたすら身を隠しています。説明によると、カマキリはシャクトリムシの先まで登り、何事もなかったように去ったそうです。

 他のものに似せて外敵から身を守る「擬態」は、元をただせば「動きを止めて生きる技術」、自然が生物に与えた太古からの戦略です。

 生物固有のこの装置が、人間にも見られるとする説があります。うつ病を「動かなくなって生き延びる」、目的を持った心身反応と見る考え方です。

 うつ病を理解するために、大切な人を失うなどの喪失体験がモデルとなってきました。そのような体験に会うと、私達はまずも茫然自失のショックに陥ってしまします。すべてが麻痺したかに思える凍結した時間に閉ざされる段階です。通常であれば、それから次第に本来の活動性が戻ってきますが、このとき同時に、受けた体験の辛さも伴なうことになります。何かしようと思っては、悲しみや自責が心痛となって迫ります。活動意欲の戻りが大きいほど痛みも激しくなり、思いがけない衝動行為を引き起こしかねません。自殺が経過の極期より回復しかけの時期に多いゆえんです。うつ病はその耐えがたい心痛に自らをさらすまいと、いわば「冬眠」のように初めのショック期に留まっているとするのがこの説です。

 うつ病の歴史は遠くギリシャ時代にまで遡ります。当時は黒い(メラニン)胆汁(コリー)による虚脱と伝えられ、胆汁を浄化する飲食物、ワインやハーブが治療に使われていました。コンピュータが発達した現在、主流は脳細胞レベルでの研究です。その結果セロトニンをはじめとする脳内神経伝達物質の減少が明らかとなり、問題の物質を正常化する薬剤が次々に開発されています。

 一般にうつ病というと、精神エネルギーの低下に代表されるネガティブな面が目立ちますが、根底に危機を切り抜けるための理にかなった反応が生じているとした説には前向きなところがあります。発熱の裏側で細菌浸入に対する白血病の戦いがあるように、うつ病も単に動かないでいるのではなく、心身からのメッセージと受け止めることもできるためです。


「仙台経済界」2004年 11-12月号掲載


 
 
 

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