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一般化という危険性 (「仙台経済界」1999年 11-12月号掲載)

  • 執筆者の写真: 斎藤 徹
    斎藤 徹
  • 2020年8月15日
  • 読了時間: 3分

私が仕事をしているところは精神科単科の病院です。外来診察は一般の科と同じように診察室で行っていますが、入院患者さん達への診察は、私はそれぞれの患者さんがいるところへ足を運ぶことにしています。看護人達のいる詰め所や味気のない診察室でするより、少しでも余計な緊張感のない雰囲気で話を聞きたいからです。例えば喫煙室などでは、何気ない会話から真に迫った思い出話や、ふと仕事を忘れさせてくれる冗談などがこぼれたりします。むしろこれがその人達の本来の姿なのかも知れません。 この一人歩き診察で先日、苦いながらも忘れられない体験をしました。若い男性患者さんへの診察の時です。ここしばらく拒否的な態度が続いているその患者さんは喫煙室でタバコを吸っていました。煙を苛立たしげに吐き、ただ黙々と同じ動作を繰り返しています。そこには座る席がもうなかったので、私は彼を広いホールに呼んで椅子を差し出しました。何とか座ってはくれたものの相変わらず不機嫌な表情です。私はいつものように挨拶から始めてその日の調子を尋ねました。何も返事はありません。ぎこちない沈黙とともにじわりとした緊張感が広がります。それからふと何かつぶやいたかと思うや否や、彼はいきなり立ち上がって私にとびかかってきました。できる限りの防御を試みたものの、相手はますます興奮するばかり。その時です。そばにいた別の患者さん達が急いでかけつけ、彼を押さえにかかってくれました。 日がな1日独語をつぶやいている老人、糖尿病でありながらしょっちゅう他人のオヤツを失敬しては知らん顔でいるアルコール好き、入院してきたばかりでまだ食事も十分とれないでいる若者が一緒になって、彼を引き離してくれたのです。 病棟内にはいろいろな患者さんがいます。病状によって思いがけない行為に走らざるを得ない人がいる一方、必要な場面では理性的な判断をとる人も多いのです。決して一言で表すことはできません。 つい先日、ハイジャックや通り魔事件など、周囲を騒然とさせる出来事がありました。犠牲になられた方々のことを思うと本当に残念でなりません。これからまたさらに「精神科」の社会的対応が厳しく求められるでしょう。ただ、こうした事件が精神科を代表する一つのイメージになっては、これも大きな問題と思います。特別な例がすべてに当てはまるわけではないからです。あの時私の窮地に手を貸してくれた患者さん達に感謝しつつ、突出部分から全体を一般化してしまうことの危険性をあらためて感じました。


「仙台経済界」1999年 11-12月号掲載

 
 
 

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