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  • 執筆者の写真斎藤 徹

パニック障害 (仙台市医師会発行「健康だより」2007年2月号より抜粋)

*はじめに*

 突然の動悸や息苦しさ、急なめまいやふらつきで、どうしようもない不快感や死ぬのではないかと思うほどの恐怖を繰り返している人が少なくありません。いつも不安から抜けきれず、いろいろと検査を受けても体に異常は見つからないままです。

 こうした人達は以前、「心臓神経症」、「不安神経症」、または「自律神経失調症」とされてきましたが、最近では「パニック障害」と診断がつけられています。


*パニックとは*

 「パニック」という言葉はギリシャ神話の神、パンの名前に由来します。上半身が人間、下半身がヤギの姿をしたこの神は昼寝をむさぼっていることが多く、その眠りを妨げられると大いに怒り、相手をおびやかしては恐れ慌てさせていました。パンに追いつめられた状態がパニックと呼ばれるようになったのです。パニックは「恐慌」と訳され、重大な出来事に遭遇して起こる「とりみだしや混乱」の意味で用いられます。


*生への衝動*

 生物には脳の処理能力を超える窮地に陥ると、つじつまの合わない行動に走る仕掛けが組み込まれています。室内に迷い込んだ鳥が出口を求めて窓ガラスに体当たりしたり、罠にかかったウサギが自ら傷つくのもかまわず暴れまわるなどがその例です。これらがまさにパニックであり、偶然にでも当面の危機から脱出しようと発達させた緊急の行動パターンです。生物の本能という視点では、パニックはわずかでも希望を求めてつき進む、「生への衝動」に他なりませんが、この衝動が高じておさまらず、日常生活に支障をきたすほどになった状態が「パニック障害」といえます。


*一般症状*

 パニック発作は、動悸、息苦しさ、めまい、発汗、胸痛など、さまざまな身体症状が前触れなく襲い、死を思わせるほどの激しい動揺を引き起こすのが特徴です。症状が急速にピークに達するため、まさに「破滅」が目前に迫ってくる勢いですが、ほとんどが10分以内でおさまり、長くても1時間を超えることはありません。  パニック障害はあらゆる年齢層にみられ、とりわけ20代から30代半ばまでの発症が多いようです。ストレスの蓄積による自律神経のアンバランスであり、心と体の過剰な相互反応とも理解されます。発作を繰り返すうちに、また起こるのではないかと心配する予期不安が強まっては、いっそう発作を起こしやすい循環に入り込み、放置すると、ひとりで外出できなくなったり、うつ状態に移行する例もあります。


*予期不安による悪循環*

 思いと反対の現実になる経験は普段よくあるものです。早く寝なければと意気込んで布団に入るとかえって目がさえたり、寝てはいけないところでついウトウトしてしまう場合です。

 パニックの引き金となる動悸や息苦しさも同様に、ことさら身構えたり怖がって逃げまわると、それだけ不安が大きくなります。逆に多少の不安があっても、その不安とつき合うつもりでいるほうが何ごともなく過ごせるでしょう。

 ほしいものが来なかったり、ほしくないものが来て悩むのは、どこかに過剰な心構えがあり、それが不安を予期させ、かえって心身を硬直させる悪循環にはまっている可能性があります。


*対処と治療*

 発作が起きたらまず深呼吸をして気持ちを落ち着かせてください。この時、大きなため息をつくようにゆっくりと「息をはく」ことがポイントです。吸い込みから始めると過呼吸を助長させてしまいます。周囲の人達もあわてず、安心させる言葉をかける必要があります。体のどこかがこわれているわけではなく、まして死に至るものでもありません。  治療としては「心理療法」と「薬物療法」があります。  心理療法では、不安に対する過剰な思い込みを修正したり、心身をリラックスさせる方法を身につけて、不安の受け入れ共存を目指します。  薬物療法では抗うつ薬や抗不安薬が一般に使われ、ここ数年来、とりわけSSRIという新しいタイプの抗うつ薬が主流になってきました。これは脳内神経伝達物質のひとつ、セロトニンの働きを促す薬です。セロトニンには衝動欲求をおさえる働きがあり、少なくなると不安に対する過剰な反応が出現しやすくなります。SSRIは脳内のセロトニンを選択的に増やすことにより、不安をコントロールできるように開発されました。体になじむまでの数日間、軽い吐き気や頭痛が感じられる場合がありますが一時的なものです。便秘やだるさなどの副作用を起こす余計な部分は取り除かれているため、長期間続けても問題ありません。脳内環境が整えば、不安の悪循環から抜け出せ、再発も防げるでしょう。  SSRIに対して坑不安薬は速効性にすぐれており、発作時に頓服で使われる傾向にあります。


*おわりに*

 これまで「不安」は気の持ちようでどうにかなる、克服できると考えられてきました。脳の研究が日々進歩している現在、不安のメカニズムが急速に解明されつつあります。「パニック障害」の治療においても、心理面への対応とともに、科学的に裏付けられた薬物療法が重要な位置をしめています。


(仙台市医師会発行「健康だより」2007年2月号より抜粋)


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